東京高等裁判所 平成7年(行ケ)306号 判決 1998年6月09日
東京都千代田区大手町一丁目5番1号
原告
三菱マテリアル株式会社
代表者代表取締役
秋元勇巳
訴訟代理人弁理士
志賀正武
同
青山正和
同
鈴木三義
同
渡邊隆
同
成瀬重雄
東京都千代田区霞が関3丁目4番3号
被告
特許庁長官
荒井寿光
指定代理人
神崎潔
同
佐藤久容
同
後藤千恵子
同
廣田米男
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第1 当事者の求めた裁判
1 原告
(1) 特許庁が平成6年審判第11656号事件について平成7年10月31日にした審決を取り消す。
(2) 訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告
主文と同旨
第2 請求の原因
1 特許庁における手続の経緯
原告は、平成元年2月22日、名称を「缶胴のくびれ加工方法および加工装置」とする発明(以下「本願発明」という。)につき特許出願(平成1年特許願第42088号)をしたところ、平成6年5月25日付で拒絶査定を受けたので、同年7月14日に審判を請求し、平成6年審判第11656号事件として審理された結果、平成7年10月31日、「本件審判の請求は、成り立たない。」との審決を受け、同年12月6日、その謄本の送達を受けた。
2 本願の特許請求の範囲第1項に記載された発明(以下「本願第1発明」という。)の要旨
缶胴の開口端に、缶胴より小径の雄型を同軸に挿入するとともに、前記開口端の外周に、内径が窄まる加工面を有する筒状の雌型を嵌合していくことにより、前記開口端を細径化して前記雄型の外周面に沿って伸展させ、くびれた細径部を形成する缶胴のくびれ加工方法において、雄型及び雌型を缶胴の開口端に向けて移動させる際に、雄型を雌型の移動速度を上回る速度で移動させて開口端内に挿入させ、雌型が開口端を窄め始めることにより該開口端が雄型に接触する時点で、缶胴内に挿入した雄型を、前記雌型の移動速度の10%~20%の相対速度で缶胴から引き抜く方向に後退移動させ、該雄型を後退移動させながら雌型を前進移動させて所定長のくびれ加工を施し、しかる後、雌型を後退させて雄型及び雌型をともに缶胴から引き抜くことを特徴とする缶胴のくびれ加工方法(別紙図面1参照)
3 審決の理由の要点
(1) 本願第1発明の要旨は前項記載のとおりである。
(2) 本出願前に頒布された刊行物である米国特許第4446714号明細書(以下「引用例」という。別紙図面2参照)には次の事項が記載されている。「第6図の位置では、缶は適切に位置づけされ、保持されており、パイロットダイ及びネッキングダイの双方が容器(缶)の開放端の方に前進し始める。両ダイが更に前進を続けると、パイロットダイの相対的な前進(速度)は、ネッキングダイの前進(速度)より大きので、パイロットダイは第7図に示されるように容器の開放端から挿入されて行く。第8図の位置では、リング状ネッキングダイのネッキングイン部に係合している缶の外部は実質的にネッキングインの操作を始めており、また、パイロットダイはネッキングインダイの下方運動と同期的に逆方向の運動を始めている。このように、ネッキングインの操作が進行している時、パイロットダイは、缶のチップすなわち端縁部を再方向付けしている。上記の動作は、第9図に示された状態の間中は継続し、その間、リング状のネッキングダイの(容器の)内方に向かう運動が保持されることにより容器の上端縁はネックインされ、同時にパイロットダイは(容器の)外方に向かう運動を続けることにより、金属を引っ張って、引っ張り又は引きによるネッキング操作をしているように振る舞う。換言すると、パイロットダイは、ネッキングダイのカーブ形状部(ネッキングイン部)に位置している容器金属を引っ張るのを助け、そのときに(容器)内方に向かってくびれ加工部を形成する。第10図の位置では、両ダイは停止されており、ネッキング操作は終わっている。第11図の位置では、リング状のネッキングダイと、パイロットダイの運動方向が逆転し、ネッキングダイは(容器)外方に向かって移動する。第12図の位置では、容器はネッキングダイから完全に離れ、パイロットダイは開口を通る圧縮空気によって、容器から引き抜かれる。」(3頁4欄8行ないし50行及び第6ないし第13図参照)
(3) 本願第1発明と引用例記載の発明とを対比すると、引用例における「缶」又は「容器」は本願第1発明の「缶胴」に、以下同様に、「パイロットダイ」は「雄型」に、「ネッキングイン部」又は「カーブ形状部」は「内径が窄まる加工面」に、「リング状のネッキングダイ」は「筒状の雌型」に、「開放端」は「開口端」に、「ネッキングインの操作」は「開口端を細径化して雄型の外周面に沿って伸展させ、くびれた細径部を形成する缶胴のくびれ加工」にそれぞれ相当している。そして、上記引用例の「第8図の位置では、リング状ネッキングダイのネッキングイン部に係合している缶の外部は実質的にネッキングインの操作を始めており、また、パイロットダイはネッキングインダイの下方運動と同期的に逆方向の運動を始めている。」という記載及び「換言すると、パイロットダイは、ネッキングダイのカーブ形状部(ネッキングイン部)に位置している容器金属を引っ張るのを助け、そのときに(容器)内方に向かってくびれ加工部を形成する。」という記載、並びに、このような細径化加工では、加工初期の、缶の開口端部が最初にパイロットダイに接触するときに最もしわなどを生じやすいという技術常識からみて、ネッキングダイが缶の開放端を窄め始めて、開放端がパイロットダイに接触する時点では、パイロットダイは逆方向の運動、すなわち、缶内方から外方に向けての移動を既に始めていることは明らかである。したがって、本願第1発明と引用例記載の発明との一致点と相違点とは、次のとおりである。
[〔一致点]
缶胴の開口端に、缶胴より小径の雄型を同軸に挿入すると共に、前記開口端の外周に、内径が窄まる加工面を有する筒状の雌型を嵌合していくことにより、前記開口端を細径化して前記雄型の外周面に沿って伸展させ、くびれた細径部を形成する缶胴のくびれ加工方法において、雄型及び雌型を缶胴の開口端に向けて移動させる際に、雄型を雌型の移動速度を上回る速度で移動させて開口端内に挿入させ、雌型が開口端を窄め始めることにより該開口端が雄型に接触する時点で、缶胴内に挿入した雄型を、缶胴から引き抜く方向に後退移動させ、該雄型を後退移動させながら雌型を前進移動させて所定長のくびれ加工を施し、しかる後、雌型を後退させて雄型及び雌型を共に缶胴から引き抜く缶胴のくびれ加工方法。
[〔相違点]
本願第1発明では、くびれ加工時における雄型の移動速度を、雌型の移動速度の10%~20%の相対速度とするものであるのに対し、引用例には、このような具体的な数値が開示されていない点。
(4) 上記相違点について検討する。
この種の塑性変形を伴う加工を行うに際しては、被加工材の種類や厚み等を勘案した上で、潤滑条件などと共に、雄型及び雌型それぞれの適切な移動速度を含む各種の操業条件が経験的に決定される。そして、本願第1発明における上記相違点で指摘した数値範囲は、「そのような数値範囲を選択することにより、座屈やしわの発生を防ぐとともに、缶胴を傷付けることがない」という作用効果などの明細書の記載からみても、格別の臨界的な意義を持つものではなく、通常の加工業務において当然必要とされる、実験的に選択すべき好適な操業条件の1つを指摘するというに留まり、それを指摘することは、上記のとおり、格別の技術的困難性を伴うものとはいえない。したがって、引用例記載の発明において、上記相違点で指摘した数値範囲を採用して、本願第1発明のようにすることは、当業者が容易にできる設計事項である。
(5) 以上のとおりであるから、本願第1発明は、引用例記載の発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであり、この本願第1発明については、特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。
よって、特許請求の範囲第2項に記載された発明について検討するまでもなく、本願は拒絶されるべきものである。
4 審決の取消事由
審決の理由の要点(1)、(2)は認める。同(3)のうち、「このような細径化加工では、加工初期の、缶の開口端部が最初にパイロットダイに接触するときに最もしわなどを生じやすいという技術常識からみて、ネッキングダイが缶の開放端を窄め始めて、開放端がパイロットダイに接触する時点では、パイロットダイは逆方向の運動、すなわち、缶内方から外方に向けての移動を既に始めていることは明らかである。」との部分、及び[一致点]のうちの「雌型が開口端を窄め始めることにより該開口端が雄型に接触する時点で、缶胴内に挿入した雄型を、缶胴から引き抜く方向に後退移動させ、」との部分を争い、その余は認める。同(4)、(5)は争う。
審決は、雄型の後退開始時期について、引用例記載の発明の技術内容を誤認した結果、一致点の認定を誤り、更に、相違点の判断を誤ったものであって、違法であるから取り消されるべきである。
(1) 取消事由1(雄型の後退開始時期についての一致点の認定の誤り)
ア 審決は、引用例記載の発明について、缶の開放端がパイロットダイ(雄型)に接触する時点では、パイロットダイは後退運動を既に始めていると認定した。
しかし、引用例の第6図や第7図に関する説明には、雄型の後退移動についての記載は一切ない。そして、引用例には、第8図に関して、審決の認定するように、「第8図の位置では・・・パイロットダイは、ネッキングダイの下方運動と同期的に逆方向の運動を始めている」との記載があるが、この記載では、いかなる動きを説明しているのか明確ではなく、パイロットダイがいつの時点で後退移動しているのかは分からない。すなわち、引用例は、前記「パイロットダイはネッキングダイ78の下方運動と同期的に逆方向の運動を始めている」の記載のほかに、「ネッキングダイの(容器の)内方に向かう運動・・・パイロットダイは(容器の)外方へ向かう運動」(3頁4欄28行ないし31行)と記載して、ネッキングダイやパイロットダイの運動方向を「下方」「逆方向」「内方」「外方」等と表現し、また、「パイロットダイ76は、・・・部分104を(容器)内方へ向かってくびれ加工する」(同欄33行ないし35行)と記載して、容器の特定の部分の加工方向を「内方」と表現している。このように引用例の記載表現は統一性がなく、下方運動がいかなるものか不明確である。そもそも、第6図から第9図まで、常にネッキングダイは同じ方向に運動しているのであるから、「下方運動」の記載が第8図の説明で現われていることを取り上げて、ネッキングダイが第8図で初めて「下方運動」を始めたとする審決の認定は合理的でない。
一方、引用例の第9図に関する説明では、やはり審決の認定するとおり、「パイロットダイは・・・金属を引っ張って、引っ張り又は引きによるネッキング操作をしているように振る舞う。換言すると、パイロットダイは、ネッキングダイのカーブ形状部(ネッキングイン部)に位置している容器金属を引っ張るのを助け、そのときに(容器)内方に向かってくびれ加工部を形成する。」と雄型の後退移動に関する機能が初めて説明されている。
雄型が容器金属を引っ張るためには、缶の開口端が雄型と雌型との間に進入してネッキング操作がある程度進んだ状態で雄型を後退移動させておくことが必要であるが、逆に言えば、第8図のように缶の開口端が雄型と雌型との間に進入した段階で雄型の後退移動が始まっていれば十分であり、第8図は、単にそのことを示すにすぎない。また、容器金属を引っ張るという機能は、第9図で初めて説明されているように、缶の開口端が雄型と雌型との間に進入した段階で初めて発揮されるものである。
したがって、引用例は、単に、第8図に示す缶の開口端が雄型と雌型との間に進入した段階で雄型の後退移動が始まっていることを示しているにすぎず、それ以前である、開口端が雄型に接触した時点で後退移動させることについては記載も示唆もない。
イ また、審決は、雄型の後退開始時期を認定する根拠の一つとして、細径化加工では、加工初期の、缶の開口端部が最初にパイロットダイに接触するときに最もしわなどが生じやすいという技術常識をあげているが、これは誤りである。
缶のくびれ加工においては、座屈としわという異なったものが発生し、両者を区別して防止対策を講じる必要がある。
座屈は、缶の開口端が雄型や雌型によって軸方向に押されることにより生じるもので、缶の壁が内側に凹む現象となって現われ、その凹みの折り目の方向はむしろ円周方向に沿うものとなる。そして、座屈は、缶の開口端が雄型に接触する時点で最も生じやすい。
しわには、缶の開口端が雌型に接触してから雄型と雌型との間に進入するまでの間に生じるものと、雄型と雌型との間に進入してから後に生じるものとがある。前者のしわを防止するためには、その時点で缶の開口端が接触している雌型の形状等を工夫する必要があるのであって、しわ発生後に接触することになる雄型の移動方向によっては解消できない。後者のしわは、雄型と雌型との間に開口端部が押し込まれて細径部が形成される際に、径が縮小され、缶が円周方向に圧縮を受けることにより生じるもので、径が縮小された缶の開口端部に軸方向に沿う縦じわとなって現われる。したがって、しわは、開口端が雄型に接触した後、逆方向に曲げ戻しされて雄型と雌型との間に進入していく段階で生じやすい。
引用例には、「発明の背景」等の欄に、Wrinkle(2頁1欄13行)、Wrinkling(同欄16行)、Wrinkled(3頁4欄54行)と記載されており、Wrinkleはしわを意味するから、引用例記載の発明は、座屈(buckling)ではなく、しわを問題としている。そして、引用例は、缶の開口端が雄型と雌型との間に進入している状態である第8図や第9図に示す状態においてしわを問題にしているから、後者のしわのことを指していると解される。
以上のとおり、缶の開口端が雄型に接触する時点で最も生じやすいのは、座屈であってしわではないから、缶の開口端が最初に雄型に接触するときに最もしわなどが生じやすいという技術常識は存在しない。そして、引用例記載の発明では、座屈を問題にしていないから、缶の開口端が雄型(パイロットダイ)と雌型(ネッキングダイ)との間に進入した段階で雄型の後退移動が始まっていればよく、したがって、缶の開口端が雄型に接触する時点で雄型が後退移動していることは引用例に開示されていないのである。
ウ 被告は、引用例の「発明の概要・・・実際にネッキングインが行われるとき、パイロットダイの運動方向は逆転しているので、パイロットダイとリングネッキングダイとは、同時に反対方向に動いている。」(2頁1欄34行ないし46行)との記載等から、パイロットダイが逆行するのは、ネッキングダイがネッキングインの操作、すなわち、ネッキングダイが缶の開口端部を窄める変形加工の操作を始める時であることが分かる旨主張する。
しかし、ネッキングインが行われるという動作は、本願発明のくびれ加工をするという動作に等しく、加工全体を表現するものであるから、そのネッキングインのどの時点でパイロットダイの運動方向が逆転するかは不明であり、引用例の上記記載は被告の主張の根拠とはならない。
また、引用例の4頁6欄9行ないし22行、同欄57(行表示では58)行ないし5頁7欄7行の記載は、bの「円筒状体外表面にリング状のネッキングダイ(雌型)を接触させる」工程の後に、cの「パイロットダイを逆行させて上記円筒状体から引き抜き始め、・・・パイロットダイとリング状ネッキングダイのいずれもが、上記円筒状体に対して、スライドするような動作による効果を同時に加える」工程を経るというにすぎず、円筒状体外表面にリング状のネッキングダイ(雌型)を接触させたときにパイロットダイが逆行するという記載はない。cの工程は、パイロットダイの逆行によって、「パイロットダイとリング状ネッキングダイのいずれもが、上記円筒状体に対して、スライドするような動作による効果を同時に加える」というものであるところ、円筒状体に同時にスライドするような動作を加えるためには、両ダイが円筒状体の内面と外面に同時に接触している必要があるから、cの記載は、円筒状体がパイロットダイとネッキングダイの隙間に進入した後の状態をいうものである。したがって、引用例の上記記載も、被告の主張の根拠とはならない。
むしろ、引用例には、「円筒状容器壁の末端部がくびれ加工され、くびれ加工部も他の容器壁部と同じ厚さになるような円筒状容器を繰り返し製造する」(4頁6欄58行ないし62行)との記載があること、及びくびれ加工をすると、通常、缶の開口端部は縮径するために壁厚が増大するので、これを他の壁部と同じ厚さにするには缶壁を両面から挟みつけ、開口端に向けて引き伸ばすようにする必要があることからすれば、引用例記載の発明は、雌型と雄型の間に進入した缶の開口端部に対して両型を同時にスライドさせる動作を加えることにより、缶壁を挟みつけて開口端に向けて引き伸ばしているものである。
エ そして、本願発明は、引用例とは異なり、缶の開口端が雄型に接触する時点で雄型を後退移動させることにより、缶の軸方向に作用する荷重を軽減して、くびれ加工の最初の段階の「くいつき」をよくし、座屈を防止するという特有の作用効果を奏するものである。
オ したがって、本願発明と引用例記載の発明を「雄型が開口端を窄め始めることにより該開口端が雄型に接触する時点で、缶胴内に挿入した雄型を、缶胴から引き抜く方向に後退移動させ、」との点で一致するとした審決の認定は誤りである。
(2) 取消事由2(相違点の判断の誤り)
ア 本願発明における雄型の後退移動が雌型の10%~20%の相対速度という速度は、極めて遅い速度である。ところが、引用例記載の発明において、雄型は、まず缶の開口端に進入し(第7図)、雌型が開口端を整形しているときに後退し(第8図)、雌型による開口端の整形が完了して(第10図)、雌型が後退し始めると、代わって雄型が前進し(第11図)、その後、雌型に追従するように後退する(第12図)という動きをしており、雌型が前進して後退するまでの間に前進移動と後退移動とが二度ずつ行われている。そして、この移動は、引用例に記載されているカム(第17図)やターレット(第2図)の形状からみて、雌型の後退速度の10%~20%の相対速度という低速なものにはならない。このように、引用例記載の発明においては、雄型を本願第1発明のような低速で移動させるという技術的思想はなく、また、これをあえて低速化しようとすれば、必然的に他の機械部品の設計変更を余儀なくされてしまうため、引用例から本願第1発明の雄型の後退速度を想到するのは困難であった。
イ また、本願第1発明が雄型の後退速度をこのような遅い速度に設定したのは、前記の缶の開口端の「くいつき」をよくするためである。すなわち、雄型の移動速度がこれより早すぎると開口端との間に滑りが生じて次の段階への移行が円滑に行われなくなる上、雄型と雌型との間へ開口端部が伸展する時にも、摺動痕等が生じやすく、しわ防止機能を有効に発揮できないし、雄型の移動速度があまりに遅すぎては所期の効果が期待できないのである。ところが、引用例記載の発明には、開口端が雄型と雌型の間に進入する前の段階での「くいつき」をよくするという技術的思想がない。したがって、引用例から本願第1発明の雄型の後退速度を想到するのは困難である。
ウ 被告は、本願第1発明の雄型後退速度について、従来技術の速度が0であるから雌型速度に比べ極めて遅い速度であると必ずしも断定はできないし、また、その予測が困難であるともいえない旨主張する。
しかし、上記雄型の後退速度を選択する際には、他の速度においても実験し、その上で選択するものであるから、被告の主張は、通常の実験手法を無視するものである。そして、「0%」から順次探って「10%~20%」にするためには、現実のくびれ加工装置では、基本設計をその都度やり直しながら試行錯誤を繰り返す必要があるから、上記数値範囲の設定は容易ではない。
第3 請求の原因に対する認否及び被告の主張
1 請求の原因1ないし3の事実は認める。同4は争う。
2 被告の主張
(1) 取消事由1について
ア 原告は、引用例の第8図に関する「第8図の位置では・・・パイロットダイは、ネッキングダイの下方運動と同期的に逆方向の運動を始めている」との記載では、パイロットダイがいつの時点で後退移動しているのかは分からない旨主張する。しかし、引用例の第6、第7図では、ネッキングダイとパイロットダイが缶に向かって移動しているが、缶とは離れていて、加工前の状態であることが示されており、第8図では、ネッキングダイは第6、第7図に示されているのと同じ向きの動きをしながら缶の開口端部を変形加工している状態が示されており、その第8図の説明中に「ネッキングインダイの下方運動」という記載が現われるところからみて、「ネッキングインダイの下方運動」とは、「ネッキングダイがネッキングインの操作、すなわち、缶の開放端部を窄める変形加工の操作をしながら下方に向う運動」と解釈することが可能である。そして、ネッキングインの操作が始まった後に、缶の開口端がパイロットダイに接触するのであるから、パイロットダイは、ネッキングインの操作と「同期的に逆方向の運動を始めている」という記載から、缶の開口端がパイロットダイに接触するときには、パイロットダイは後退運動を始めているとする解釈が可能である。
イ また、原告は、座屈としわは異なる現象であるとして、審決が雄型の後退開始時期を認定する根拠の一つとして、細径化加工では、加工初期の、缶の開口端部が最初にパイロットダイに接触するときに最もしわなどが生じやすいという技術常識をあげたことを誤りである旨主張する。しかし、座屈によってしわが生じるのであり、原告の主張する座屈によって生じる缶の壁の凹みの折り目は、しわと言い換えてもよいものである。そして、座屈を生じるおそれが最も強い時点は、缶の開口端が最初にパイロットダイに接触する時であるから、これを基に雄型の後退開始時期を認定した審決に誤りはない。
ウ 更に、引用例には、「発明の概要・・・実際にネッキング・インが行われるとき、パイロットダイの運動方向は逆転しているので、パイロットダイとリングネッキングダイとは、同時に反対方向に動いている。」(2頁1欄34行ないし46行)、「クレームされるところは次のとおりである。1.円筒状体の一端部をくびれ加工する方法であって、次の各段階を含む方法。・・・b.上記円筒状体外表面にリング状のネッキングダイを接触させる、c.パイロットダイを逆行させて上記円筒状体から引き抜き始め、同時にリング状ネッキングダイをパイロットダイの移動方向とは逆に移動させ、そのために、パイロットダイとリング状ネッキングダイのいずれもが、上記円筒状体に対して、スライドするような動作による効果を同時に加える」(4頁6欄9行ないし22行)、「7.円筒状容器壁の末端部がくびれ加工され、くびれ加工部も他の容器壁部と同じ厚さになるような円筒状容器を繰り返し製造する方法であって、以下の段階を含む方法。・・・b.上記円筒状容器体外表面にリング状のネッキングダイを接触させる、c.上記パイロットダイを逆行させて上記円筒状容器体から引き抜き始め、同時に上記リング状ネッキングダイをパイロットダイの移動方向とは逆向きに移動させ、そのために、パイロットダイとリング状ネッキングダイのいずれもが、上記円筒状容器体に対して、スライドするような動作による効果を同時に加える」(同欄57(行表示では58)行ないし5頁7欄7行)との記載があり、この記載から、パイロットダイが逆行するのは、ネッキングダイがネッキングインの操作、すなわち、ネッキングダイが缶の開口端部を窄める変形加工の操作を始める時であることが分かる。そして、前述のとおり、ネッキングインの操作が始まった後に、缶の開口端がパイロットダイに接触するのであるから、缶の開口端がパイロットダイに接触するときには、パイロットダイは後退運動を始めていることが分かるのである。
(2) 取消事由2について
ア 原告は、本願第1発明における、雌型の10%~20%の相対速度という雄型の後退移動速度が極めて遅い速度である旨主張する。しかし、本願発明の前提技術では、雄型は停止した状態、すなわち、雌型移動速度に対する割合では0%であるから、10%~20%という速度は、極めて遅い速度とは断定しがたいし、数値範囲の予測が困難ということもできない。
イ また、原告は、引用例記載の発明には、雄型の後退速度を雌型の10%~20%という低速で移動させるという技術的思想はない旨主張する。しかし、カムの機械的特性として、低速化することに格別の限界はない。しかも、引用例には、雄型と雌型の移動速度比を明示する記載はないし、引用例の図面は、発明の基本的技術的思想が理解可能な程度に表現されていれば十分であり、実際の装置の設計図とは必ずしも同一ではない模式的な表示である可能性が高いから、原告の主張には合理的な根拠がない。
第4 証拠
証拠関係は、本件記録中の書証目録記載のとおりであるから、これをここに引用する。
理由
第1 請求の原因1ないし3の事実は当事者間に争いがない。
また、引用例に、審決の理由の要点(2)において審決が認定した事項が記載されていること、及び引用例における「缶」又は「容器」は本願第1発明の「缶胴」に、以下同様に、「パイロットダイ」は「雄型」に、「ネッキングイン部」又は「カーブ形状部」は「内径が窄まる加工面」に、「リング状のネッキングダイ」は「筒状の雌型」に、「開放端」は「開口端」に、「ネッキングインの操作」は「開口端を細径化して雄型の外周面に沿って伸展させ、くびれた細径部を形成する缶胴のくびれ加工」にそれぞれ相当していることも当事者間に争いがない。
第2 本願発明の概要について
成立に争いのない甲第2号証(本願明細書)、第3号証(平成元年8月11日付手続補正書)、第4号証(平成3年12月3日付手続補正書)、第5号証(平成7年8月14日付手続補正書)によれば、本願明細書に記載された本願第1発明を含む本願発明の概要は、以下のとおりと認められる。
1 本願発明は清涼飲料水等の缶容器になる缶胴の開口端に、くびれ加工を施すための加工方法及び加工装置に関する。(本願明細書2頁9行ないし11行)
一般に、清涼飲料水用アルミ缶などを製造する場合には、深絞り加工で得られた有底円筒状の缶胴の開口端に、複数段に亙ってくびれ加工を施し、開口径を小さくしたうえ缶蓋を固定している。このように、くびれ加工を施すのは、厚肉でコストがかかる缶蓋を小径化し、コスト削減を図るためである。従来、このくびれ加工に際しては、例えば第8図(イ)~(ニ)に示すような方法が採られていた。(本願明細書2頁13行ないし3頁1行)
この方法では、まず(イ)に示すように雄型1及び雌型2を同時に前進させ、缶胴K内に一定長入った時点で雄型1を停止する一方、(ロ)雌型2は更に前進させてテーパ面2Aを缶胴Kに嵌合させていく。これにより、缶胴Kの開口端は漸次細径化され、停止している雄型1の外周面に沿って伸展し、細径部が形成される(ハ)。そして、細径部が所定長に達したら雌型2及び雄型1を共に後退させ、缶胴Kを次工程に引き渡す(ニ)。このようなくびれ加工を複数段に亙って繰り返すことにより、缶胴Kには複数段のくびれ部分が形成され、口径が狭められるのである。(本願明細書3頁6行ないし17行)
しかし、上記のくびれ加工方法では、雌型2によって缶胴Kの開口端が細径化され、雄型1の外周面に沿って伸展する際に、この伸展部分と雄型1との間に伸展方向とは逆方向に摩擦力が発生し、この摩擦力によって細径部にしわや座屈が生じやすい欠点があった。このため、缶胴Kの肉厚を薄くしたり、動作速度を速めると、前述のしわや座屈等の摩擦力による欠陥が著しく増加する傾向を有し、缶胴Kの薄肉化によるコスト低下、並びに高速加工による生産性向上を図るうえで障害となっていた。(本願明細書4頁10行ないし19行、平成元年8月11日付手続補正書2頁4行ないし5行)
2 本願発明は上記課題を解決するためにされたもので、まず、本願発明に係わる缶胴のくびれ加工方法は、特許請求の範囲第1項(本願第1発明の要旨)の構成を特徴とする。(本願明細書5頁10行ないし12行、平成7年8月14日付手続補正書1頁5行ないし2頁2行)
3 上記くびれ加工方法では、雌型が缶の開口端を窄め始めると、雄型を後退させて、両型の間への缶の開口端の進入を助けるようにしており、その際の開口端の進入を円滑にして雄型へのいわゆる「くいつき」を良くするために、雄型を雌型の移動速度の10%~20%の相対速度という低速で後退させている。そして、この開口端の最初の段階の形成がされた後は、缶胴の細径部が雄型の外周面に沿って伸展すると同時に、この伸展方向と同じ向きに雄型が移動するため、細径部をその伸展方向に引っ張る摩擦力が発生し、細径部にしわや座屈等が生じにくい。したがって、従来より薄肉の缶胴を用い、加工速度を高めることが可能である。(本願明細書6頁7行ないし12行、平成7年8月14日付手続補正書2頁21行ないし26行)
本願発明に係わる缶胴のくびれ加工方法によれば、雌型が缶の開口端を窄め始める際に、雄型を後退させ、該雄型を後退させながら雌型を前進させるようにしているから、初期の段階では両型の間への缶の開口端の進入を助け、また、この開口端の最初の段階の成形がされた後は、缶胴が雄型の外周面に沿って伸展する際に、伸展する細径部をその伸展方向に引っ張る摩擦力が生じるので、細径部にしわや座屈等が生じることを妨げる。しかも、前記雄型の移動速度を、雌型の移動速度の10%~20%の範囲内に設定することにより、加工時における缶胴に対する両型の理想的な相対移動を確保することができる。したがって、従来より簿肉の缶胴をくびれ加工してもしわや座屈が生じにくく、薄肉化により製造コストの低下を図ることができる。また、缶胴にしわや座屈が生じにくい分、加工速度を高めることができ、生産性向上が図れる。(本願明細書14頁16行ないし15頁5行、平成3年12月3日付手続補正書3頁15行ないし末行、平成7年8月14日付手続補正書3頁5行ないし8行)
第3 審決の取消事由について
1 引用例について
成立に争いのない甲第6号証(引用例)によれば、引用例には、「従来技術に存在する主要な問題は、容器のネック部にしわが生じることであった。そのため、現行の缶胴体の製造では、端部の成形時にしわを生じないようにするために、典型的には、ネック部を厚く構成したものが要求される。缶のネックインされる部分のこれまでの最小壁厚は、約0.007-0.0075インチであった。本発明の製造方法では、しわを生じることなく、ネックインされる部分も胴体のまま変形されない部分も0.005インチの均一な壁厚で可能である。
第1の問題が原因となって生じる従来技術の他の問題は、容器胴体壁の限られた範囲での連続的な複数のネックイン部分をいかに経済的に得るかということであった。従来技術では、ネックイン部分の厚さを増大させる必要があったので、費用もかかりしわも極端であった。」(2頁1欄15行ないし32行)、「本発明によれば、公知の従来技術の製造方法の前記欠点と制限は、本発明の実施において有効に克服される。特に、本発明の方法は、ネックされるべき円筒状のチューブ部材内へのパイロットダイの挿入と、チューブ部材の外表面へのリングネッキングダイの接触とを含む。実際にネッキング・インが行われるとき、パイロットダイとリングネッキングダイとは、同時に反対方向に動いている。このパイロットダイは、リングネッキングダイの受け台又はバックアップとなるばかりでなく、チューブ部材のネック・イン領域を平滑にする働きをする。この方法で、容器本体壁のネック・イン端部分が、繰り返し又は連続して形成される。更に、これらの端部分は、容器壁の他の部分の厚みと等しい0.005インチに形成される。」(同欄35行ないし53行)との記載があることが認められ、上記記載によれば、引用例記載の発明は、チューブ状缶胴の端部をネックインさせ、同端部に、外側に向けてフランジを付け、ネックインされていない缶胴体の直径よりも小さい直径の端部を形成するという従来技術においては、<1>缶胴端部の成形時にネックイン部に「しわ」が生じないよう、ネックイン部を厚く(0.007-0.0075インチ以上に)する必要があり、<2>ネックイン部が厚いため、生じる「しわ」は極端であり、かつ費用がかかることから、これら欠点を克服することを技術的課題とするもので、<1>ネッキング・インの時、雄型(パイロットダイ)とリング状の雌型(リングネッキングダイ)は、同時に反対方向に動いており、<2>雄型は、缶胴端部のネック・イン領域を、缶胴壁の厚み(例えば、0.005インチ(約0.13mm))と等しい厚みのままで平滑にするとの特徴を有することが認められる。
2 取消事由1について
(1) 引用例に「実際にネッキング・インが行われるとき、パイロットダイの運動方向は逆転しているので、パイロットダイとリングネッキングダイとは、同時に反対方向に動いている。」との記載があることは前記1の認定のとおりであり、また、前掲甲第6号証によれば、引用例には、「クレームされるところは次のとおりである。1.円筒状体の一端部をくびれ加工する方法であって、次の各段階を含む方法。a.円筒状体の、くびれ加工を施すべき部分にパイロットダイを挿入していく、b.上記円筒状体外表面にリング状のネッキングダイを接触させる、c.パイロットダイを逆行させて上記円筒状体から引き抜き始め、同時にリング状ネッキングダイをパイロットダイの移動方向とは逆に移動させ、そのために、パイロットダイとリング状ネッキングダイのいずれもが、上記円筒状体に対して、スライドするような動作による効果を同時に加える」(4頁6欄9行ないし22行)、「7.円筒状容器壁の末端部がくびれ加工され、くびれ加工部も他の容器壁部と同じ厚さになるような円筒状容器を繰り返し製造する方法であって、以下の段階を含む方法。a.円筒状容器体の、他の容器壁部と同じ厚さになるような、くびれ加工を施すべき部分に、パイロットダイを挿入していく、b.上記円筒状容器体外表面にリング状のネッキングダイを接触させる、c.上記パイロットダイを逆行させて上記円筒状容器体から引き抜き始め、同時に上記リング状ネッキングダイをパイロットダイの移動方向とは逆向きに移動させ、そのために、パイロットダイとリング状ネッキングダイのいずれもが、上記円筒状容器体に対して、スライドするような動作による効果を同時に加える」(同欄57(行表示では58)行ないし5頁7欄7行)との記載があることが認められ、以上の事実に徴すれば、引用例記載の発明における雄型(パイロットダイ)及び雌型(ネッキングダイ)の動作は、<1>雌型が円筒状(容器)体(缶胴)に向かい移動(前進)し、円筒状(容器)体外表面(缶胴の開口端外表面)に接触する、<2>雄型は雌型の接触前の移動(前進)方向とは逆の方向(缶胴から引き抜く方向)に移動(後退)する、<3>雌型は雄型の上記<2>の後退移動開始と同時に、接触前の移動(前進)方向と同じ方向に移動し始めるというものであることが認められる。そうすると、雌型が缶胴開口端に接触し、その後、更に前進移動して缶胴開口端を窄め始めると同時に、雄型は上記<2>の後退移動を開始するのであるから、それより後の時点であるところの、雌型による缶胴開口端の「窄め成形」が進行して窄められつつある缶胴開口端が雄型に接触する時点においては、雄型は雌型の移動方向とは逆の方向に向けての後退移動を既に開始していることになる。
(2) また、引用例に「第8図の位置では、リング状ネッキングダイのネッキングイン部に係合している缶の外部は実質的にネッキングインの操作を始めており、また、パイロットダイはネッキングインダイの下方運動と同期的に逆方向の運動を始めている。このように、ネッキングインの操作が進行している時、パイロットダイは、缶のチップすなわち端縁部を再方向付けしている。」との記載があることは当事者間に争いがないところ、その文言及び第8図において雌型が缶胴の開口端を変形加工している状態が初めて示されていることからすれば、上記「ネッキングインダイの下方運動」とは、雌型によるネッキングイン操作のことを指すと解されるから、上記記載からしても、雌型による缶胴開口端の「窄め成形」と同時に、雄型が雌型の移動方向とは逆の方向に向けての後退移動を始めており、したがって、缶胴開口端が雄型に接触する時点においては、雄型は雌型の移動方向とは逆の方向に向けての後退移動を既に開始しているものと認められる。
(3)ア もっとも、原告は、座屈としわは異なる現象であり、引用例が問題としているのは、座屈(buckling)ではなく、しわ「Wrinkle」であって、上記しわは、缶の開口端が雄型と雌型との間に進入していく段階で生じやすいから、引用例記載の発明では、缶胴開口端が雄型(パイロットダイ)と雌型(ネッキングダイ)との間に進入した段階で雄型の後退移動が始まっていればよく、したがって、缶の開口端が雄型に接触する時点で雄型が後退移動していることは引用例に開示されていない旨主張する。
イ しかし、引用例記載の発明において、缶の開口端が雄型に接触する時点で、雄型は雌型の移動方向とは逆の方向に向けての後退移動を開始していることは前記(1)、(2)の認定のとおりである。
ウ また、成立に争いのない乙第1号証(「図解金属材料技術用語辞典」(日刊工業新聞社昭和63年11月20日発行))によれば、座屈(buckling)は、長い棒を軸方向に圧縮するとき、圧縮力が限界値(座屈荷重)を超えると、力の釣り合いが不安定となり、棒が湾曲する現象のことをいい、板や管の加工においても圧縮応力が生じる場合に同様の現象が起こり、材料にしわが発生することが認められる。そうすると、原告主張に係る「座屈」とは、缶が軸方向に圧縮されることによって缶の円周方向にしわが発生する現象のことを指していると解される。
一方、缶胴細径部に円周方向のしわが発生したものは、最終製品である缶用の缶胴として使用できないことは当然であるから、「くびれ加工」においては、上記のごときしわを生じせしめないようにするとの技術的課題が当然に存在するものと認められる。そして、座屈によってしわが発生することは前記認定のとおりであるから、引用例記載の「しわ」(Wrinkle)は、原告主張の座屈、すなわち、缶胴が軸方向に圧縮されることによって缶胴の円周方向に発生するしわのことを除外しているとは解し難い。しかるところ、成立に争いのない甲第8号証(ネック成形荷重曲線)及び弁論の全趣旨によれば、「くびれ加工」において、缶胴に作用する軸方向の圧縮力(缶軸荷重)は、缶胴開口端が雄型に接触する時点で最も大きいことが技術常識であると認められるから、引用例記載の発明においても、缶胴開口端が雄型に接触する時点でのしわ、すなわち、原告主張の座屈によるしわ防止は考慮されているものと解すべきである。
もっとも、甲第11号証(平成4年特許出願公開第9232号公報)、第12号証(平成6年特許出願公開第254640号公報)には、「しわ」と「坐屈」を呼び分けている記載があるけれども、右事実をもってしても、米国の文献である引用例に記載された「Wrinkle」が、缶胴の円周方向に発生するしわを除外していると解することはできない。
したがって、引用例に缶軸方向の座屈に関する記載がないことをもって、引用例記載の発明における雄型の後退が、缶胴開口端が雄型と雌型の間に進入した段階で始まることの証左ということはできない。
エ 更に、前記1の認定事実によれば、引用例記載の発明が目的とするところは、くびれ加工において、缶胴開口端部に限界値(座屈荷重)を越える圧縮力が作用し、当該開口端部の材料内部において座屈現象が生じることを防止することであると解される。そして、くびれ加工において、雌型が缶胴開口端を窄め始めると、缶胴開口端の円周方向に圧縮力が作用し、増大し始めることは明らかであるから、引用例記載の発明においては、これを低減するため、雄型を雌型の移動(前進)方向とは逆の方向に移動(後退)させるものと解される。そうすると、缶胴開口端の先端が雄型の円周表面に接触する時点では既に圧縮力は作用しているのであるから、雄型も、後退の目的を達するため、既に後退を開始している状態にあると解するのが相当である。
この点に関して、原告は、しわには缶の開口端が雌型に接触してから雄型と雌型との間に進入するまでの間に生じるしわと、雄型と雌型との間に進入してから後に生じるしわとがあり、引用例は後者のしわのことを指している旨主張する。しかし、前掲甲第6号証によれば、引用例において「しわ」を上記のような発生時点により区別してとらえ、後者の「しわ」の発生のみを防止しているような記載はないから、原告の主張は失当である。
オ 以上のとおりであるから、原告の前記主張は採用することができない。
3 取消事由2について
(1) 前掲甲第6号証によれば、引用例には雌型の移動(前進)速度、雄型の移動(後退)速度ないし両者の移動(前進・後進)速度比は明示されていないものと認められる。しかしながら、金属材料の塑性加工においては、しわや傷等の欠陥の発生には加工(変形)の速度が関係し、これを防止するには、材料特性を考慮した適正な変形速度で加工(変形)行われる必要があることは当然である。そして、引用例記載の発明において、雌型の移動(前進)速度、雄型の移動(後退)速度及び両者の移動(前進・後進)速度比が缶胴の変形速度に密接に関係していることは前記1の認定事実から明らかであるから、同発明において上記各速度及び速度比が適正な値に設定されていることもまた明らかである。
(2) 一方、前掲甲第2号証によれば、本願明細書には、実施例の説明として、「B2における雄型35の後退速度は、雌型30の前進速度の10~20%程度であることが望ましい。10%未満では十分なしわ・座屈防止効果が得られず、20%より大であると缶胴Kの内面に摺動痕や傷が生じるおそれがある。」(12頁9行ないし14行)との記載があることが認められ、上記記載によれば、本願第1発明において、雄型の後退移動速度が雌型の移動速度の10%~20%の相対速度と規定されているのは、しわ・座屈防止効果を最大にするとともに摺動痕や傷の発生を防ぐ目的であることが認められる。しかしながら、上記記載によっても、上記雄型の後退移動速度について雌型の移動速度の10%~20%の相対速度と範囲を限定した下限値10%及び上限値20%が、それぞれ、しわ・座屈防止効果及び摺動痕や傷の発生防止効果についての臨界的数値であると認めることはできないし、他に本願明細書及び願書添付の図面にこれが臨界的数値であることを示す技術事項が記載されているとは認められないから、本願第1発明において、雄型の後退移動速度を上記範囲に数値限定したことによる作用効果がその範囲外での作用効果に比し格別顕著であると認めることはできない。
(3) そうすると、本願第1発明における雄型の後退移動速度である「雌型の移動速度の10%~20%の相対速度」との範囲は、しわ・座屈が発生しない缶胴の変形(窄め)態様を得るために当然に存在する雌型の移動速度と雄型の移動速度との適正な速度比を当業者が実験的に確認して指摘したものと解されるから、その数値範囲の指摘に格別の技術的困難があったとは認められない。
(4) もっとも、原告は、引用例記載の発明においては、雄型は、雌型が前進して後退するまでの間に前進移動と後退移動を二度ずつ行われており、この移動は、引用例に記載されているカム(第17図)やターレット(第2図)の形状からみて、雌型の後退速度の10%~20%の相対速度という低速なものにはならない旨主張する。しかし、上記カムの傾斜度や回転速度を認定するに足りる証拠はないから、雄型が加工中に前進移動と後退移動を二度ずつ行うこと及び上記カムやターレットの形状を考慮しても引用例記載の発明の雄型の後退移動速度が低速ではないということはできず、原告の主張は採用することができない。
また、原告は、引用例記載の発明には、開口端が雄型と雌型の間に進入する前の段階での「くいつき」をよくするという技術的思想がないから、引用例から本願第1発明の雄型の後退速度を想到するのは困難である旨主張する。しかし、引用例記載の発明において缶胴の開口端が雄型に接触する時点においては、雄型は雌型の移動方向とは逆の方向に向けての後退移動を既に開始していることは前認定のとおりであるから、引用例記載の発明は「くいつき」も確保され、その点も含めて適正な速度が設定されていると解すべきである。したがって、引用例に「くいつき」に関する記載がないことをもって、引用例から本願第1発明の雄型の後退速度を想到することが困難ということはできない。
更に、原告は、雄型の後退速度を選択する際には、他の速度においても実験し、基本設計をその都度やり直しながら試行錯誤を繰り返す必要があるから、上記数値範囲の設定は容易ではない旨主張する。しかし、本願第1発明に係る雄型の後退速度がしわ・座屈防止効果及び摺動痕や傷の発生防止効果についての臨界的数値と認めることができないことは前示のとおりであるから、装置の基本設計をやり直しながら試行錯誤を繰り返したとしても、それは当業者が通常行う事項の範囲内のものであって、その数値の設定が容易でないということはできない。原告の上記主張も理由がない。
4 以上のとおり、本願第1発明は引用例記載の発明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものとした審決の認定判断に誤りはなく、本願は拒絶されるべきものとした審決には原告主張の違法はない。
第4 よって、原告の本訴請求は理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。
(口頭弁論終結日・平成10年15月26日)
(裁判長裁判官 清永利亮 裁判官 山田知司 裁判官 宍戸充)
別紙図面1
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別紙図面2
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